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我家のお宝調べ
ブログ紹介
亥年に、還暦を迎え新たなる年月を重ねるにあたり、自分自身を振り返ると共に、自分とは、そも何ぞや?から一歩踏み出すと身の回りの品が、何やら多くを語り始めるのではあるまいかと愚考。多くの知恵者の助言を頂戴しながら「自己中の完成」を目指しています。

最近は、鳥撮り日記として下記のブログを書いています。
http://blog.goo.ne.jp/surounin001 こちらもご覧いただければ幸いです。

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タイトル 日 時
我家の負の遺産!
我家の負の遺産! 父が、大切なものを入れていた。鍵の懸かる楠の和ダンス。それを、半世紀ぶりに開けてみた!引き出しの奥から出て来た古い封筒に入って居たモノ? 驚きである!数十枚の株券である。 何と、額面にすると合計二万四千七百五十円  この株券の日付けは、昭和16年〜昭和19年とある。この当時の5円と云う金額は、現代の二万五千円〜五万円に相当したとある。従って、この株を購入した時の投資額となると、何と!二億四千万円?この莫大な金額が、ただの紙切れと化したのは? それは、この株券の発行会社を知れば頷けるが、落胆... ...続きを見る

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2017/07/18 14:10
江戸っ子の粋ですね!
江戸っ子の粋ですね! 我が家の過去帳に記載されたご先祖様達、はたまた墓の中のお骨の数(骨壺)からしてもチャキチャキの江戸っ子間違いなしである。その伊勢利の九代目として、味噌業を継いだ我が父は、戦争という悲惨な状況の中で、店を畳むことになってしまった。 湯島の味噌屋「伊勢利」の遺物も極めて少ないが、父の遺品となると尚の事少ない。実家に立ち寄った折、父の愛用していた楠の木の小タンスの引き出しを開けてみると、薄汚れた革のポーチが入っており、中から、思いも掛けない逸品が出て来た! 五種類の印鑑であった。その一つを手に取... ...続きを見る

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2017/04/08 23:01
「文の京」写真集発行!我家の映像紹介記事あり!
「文の京」写真集発行!我家の映像紹介記事あり! 文京区制70周年記念 写真で綴る「文の京」 歴史と文化のまち 3月15日刊行されました。 我家の古い映像記録の一部が、この記念写真集に掲載されました。我家にとっても記念すべき日となりました。 明日16日には、昭和初期の我家の16ミリフィルムも一部ですが、上映されます。 文京区の「古」の大店の在りし日が、克明に記録されています。 「文の京」と題し、映像文化を後世にも伝え続けると云う「区」方針は、埋もれてしまい消えゆく文化を確実に後世に残す事業であると思います。 我家の映像記録が、我家だ... ...続きを見る

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2017/03/15 22:40
戦前の我家の事がチョットだけ分かります!
戦前の我家の事がチョットだけ分かります! 創業元禄 湯島天神下の味噌屋 伊勢利 高木商店 大凡300年の長きに渡り、味噌業を営み、本郷の地にありて、その筆頭になれり! その古の味噌屋 伊勢利 の事が紹介されている「本郷区史」の一説である。 その伊勢利が、我家である。 あの忌まわしい第二次世界大戦の戦火 昭和20年3月10日「東京大空襲」ですべてが灰燼に帰した店「伊勢利」 無論、私は、その当時は生まれていないので、父から、母からの微かなる... ...続きを見る

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2017/01/28 18:37
新年ご挨拶!
新年ご挨拶! 今年も、ゆっくりなペースだと思いますが、調べたこと、考えたこと、発掘出来たこと。 掲載出来ますよう努めます。 ...続きを見る

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2017/01/01 12:43
小休止が大休止でした。押し迫りのUP!
小休止が大休止でした。押し迫りのUP! ネタ切れそのままでは年を越せないとの不安感を一掃するため、思い付いたのは「木 保之助」の日本画でした! 私の持っている保之助の花鳥12ケ月の中でも白眉なのが、この12月を描いた色紙ではないかと思います。 この絵から、都会の冬の静けさと、庭雀の小さな羽音が聞こえます。そして、笹の葉を滑る淡雪。 今日みたいな寒い日に取り出してみると一層静けさを感じます。 花鳥風月を得意とした、木保之助の真骨頂が描かれた一幅ではないでしょうか? 自然の凛とした空気、生きとし生けるモノの小さな動き何とも... ...続きを見る

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2016/12/27 17:56
高木保之助の未発表色紙です。
高木保之助の未発表色紙です。 大叔父高木保之助が日本画家を目指していた頃の初期の作品と見受け致しました。 保之助画伯の、実の弟の家に静かに眠っていたお宝です。云わば、100年後に私の手元に出現した、貴重なるお宝作品です。 この作品を手にすると、大叔父高木保之助の並々ならぬ努力の賜物が窺い知れるのです。 その一つ、この描かれた透き通る水面に泳ぎ出た魚は誰しもが、若鮎だと思うでしょう! 違います! この描かれた魚は、山女魚です。鮎の住む清流より、更に上流の渓流に住む山女魚です。 単に体側に、山女魚特有の斑紋があるから... ...続きを見る

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2016/10/27 22:35
我家のお宝映像 上映会が開催されます。
我家のお宝映像 上映会が開催されます。 平成28年9月27日(火)午後1時30分〜午後3時 場所: 常楽院 調布市西つつじケ丘4−9−1  主催: 調布市郷土博物館 ...続きを見る

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2016/09/17 08:47
江戸の味噌は? 甘味噌だった!
江戸の味噌は? 甘味噌だった! この辛味噌のラベルも、伊勢利味噌屋のラベルである。辛味噌は、仙台味噌に由来すると考えるので、此処では江戸の味噌は、甘味噌であったとのことを突き詰めてみたい。 伊勢利の名からして、伊勢の出である事は明白であるが、江戸以前の大名諸氏、そして庶民の口に入る味噌と云えば、上方(京都)で食されていた白味噌が主であった。 その白味噌を何とか江戸の庶民の口に合うものに仕立て上げたのが、江戸甘味噌であったのではないか? 元禄創業の我家は、増え続ける江戸庶民の口に合う味噌は?どの様な味か?研鑽を重ね、たど... ...続きを見る

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2016/08/29 11:17
江戸の味噌は? 何味噌?
江戸の味噌は? 何味噌? 江戸時代の庶民の台所に欠かせないモノ! その一つが、味噌である。 江戸時代以前は、手前味噌と云うぐらいに、味噌は各々の家庭で手作りされるのが普通であった。 しかし、100万都市の江戸庶民の需要に応えるためには、味噌屋が必要となり、繁盛する事となるのである。 その筆頭が我家であった。本郷区史(現:文京区史)に、湯島三組町(伊勢利の所在地)当町は、味噌商多きを以て名あり。其の最も著名なるは伊勢利商店 木利八(十四番地)とす。とあるではないか?鼻高々である! 仏壇の引き出しから出てきたこの... ...続きを見る

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2016/08/18 18:25
私の手から離れた我家のお宝?
私の手から離れた我家のお宝? 実は、この画像を掲載するのは二度目なんです。 これは大切に保管されていた湯島の味噌屋(伊勢利商店)の包装紙です。 既に80有余年は経過しているであろうペラペラの包装紙。 この度、私の手元から離れ文京区ふるさと歴史館に保管して頂くことになりました。 こんなペラペラの紙が、先の大戦の猛火を潜り抜けよくぞ残って居たものだと感心しているのは私だけでしょうか? いやっ!あの昭和20年3月10日の東京大空襲の業火をよくぞ紙ごときが残ったと考えたなら、資料として残したくなるのは当然かもしれません。 ... ...続きを見る

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2016/04/22 17:40
昭和初期の絵葉書手に入れました!
昭和初期の絵葉書手に入れました! 昭和初期の我家近辺の風景を記録した絵葉書をネットで見ると、ついつい是が非でも欲しいと思い落札してしまいます。 そんな逸る気持ちは、このブログがそうさせるのではないでしょうか? 良いんです!良いんですよ!何か夢中になれるものを持つことは! 何て!自分自身を納得させています。 さて、この絵葉書おそらくと云うよりズバリだと思いますが、昭和五年頃に上野不忍池付近のビルの屋上から撮影されたものと確信します。 何故か?ですって! それは、昭和六年八月に棟上げ式を行った時の我家の記録映像(16ミリ... ...続きを見る

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2016/04/09 21:38
1945年3月10日 300年続いた老舗が幕を下ろした日!
1945年3月10日 300年続いた老舗が幕を下ろした日! 元禄時代の終盤に江戸で、味噌屋を開業300年の長きに渡り、湯島の地で「江戸甘味噌」を醸造。大江戸趣味風流名物比べにも、みそや「伊勢利」として名を連ねた老舗の味噌屋であった我家は、昭和20年3月10日未明 B29による東京大空襲に遭遇 本郷区一帯を焼け野原としたその業火の中にありました。 関東大震災の時、我が家の麹室に逃げ込み、多くの命が助かったという経験から、味噌職人さん達は、空襲警報が鳴るや否や、皆挙って我家の麹室に逃げ込んだのです。 焼夷弾の猛火は、室への木製階段を焼き、逃げ出す事も儘... ...続きを見る

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2016/03/10 22:31
お宝寂しくなりました! でも?探し出しました!
お宝寂しくなりました! でも?探し出しました! 昨年の暮れ、実家に行った時「お宝」無いかな?で、探しました。 何と今まで探し出せなかった「写真櫃」がありました。いや正に、この写真櫃「わが家の歴史の玉手箱」でした。 全て我が家の記録写真です。大正時代・昭和初期に撮影され、残されたモノクロ写真です。 その中の一つをブログに載せる事にしました。 この写真は、木保之助画伯の日本画を衝立仕立てにしたモノを、写真館内に持ち込み撮影したものなのでしょう! 撮影:銀座写真館とあり、台紙に貼られセピア色に変色はしていますが、大叔父木保之助の一番脂... ...続きを見る

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2016/01/12 15:25
もしかして! これは「瓦当」の原板ではないか?
もしかして! これは「瓦当」の原板ではないか? 我家の仏壇の奥から出てきた、この代物! 単なる、我家の家紋と屋号を表した、粘土細工ではないかと単純に思っていた! それが今日、国立博物館で開催されている「始皇帝と大兵馬俑展」を鑑賞しつつ、ある展示物を観て、ハタッと気が付いたのである。 それは「瓦当」と云う文字に出会ったことである。「瓦当」の展示物を観ると正しく我が家の家紋と屋号の文様の作りと一致しているのである。 中国の戦国時代まで遡るなんておこがましいが、関東大震災で、味噌屋「伊勢利」の母屋を全焼損し、昭和六年に新築した母屋の屋根... ...続きを見る

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2015/11/06 22:26
高木保之助 やはり! 玉章師匠の画を手本とする。
高木保之助 やはり! 玉章師匠の画を手本とする。 普通この画を見て即座にネットオークションに参加し、落札を是非ともしたい等と思います? 先ず汚い、皺だらけ、ヤケがありどうしても購入意欲なんて絶対沸かないと思います。 私は違いました! これは玉章の本物まちがいなし! 必ず落とすぞの勢いで、最終日 誰も参加無しで、スンナリ私の手に落ちました。私はにんまり! 何故かって? この画も川端玉章の画手本に、存在し! 高木保之助も違いこそあれ、この掛け軸に在る「キセキレイ」を描いているのです。 ...続きを見る

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2015/10/07 14:57
高木保之助の画の手本が判明!
高木保之助の画の手本が判明! 古本・年鑑探しは、楽しいし、新しい発見があり実に興味深いものがある。 図書館で美術年鑑を紐解き、高木保之助が明治34年に川端玉章に師事したとある。「えっ!明治24年生まれの保之助は幼少期より絵に造詣があったんだ!」てな事も分り、そこから川端玉章をネット検索すると古本サイトで「川端玉章の画手本」が売りに出ていた。もちろん即購入である。 届いた書籍のページを捲って、もうワクワクドキドキ物である。先ず、玉章が手本として描いた「柏にカブト虫」を発見! ...続きを見る

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2015/09/25 18:55
高木保之助画伯の初入選作品名は?
高木保之助画伯の初入選作品名は? このブログを書き始めてから、我家の事であるのに中々「解」が、見つからない事に諦めと挫折を味わう事暫し! そんな悶々とした日々に、私の甥から一通の封書が届いた! 中を開けると一筆箋に「俺!こんなの見つけ購入したけど要りますか?良かったら調べて見て下さい!」とある。 早速、中から取り出すと「大正時代の絵葉書 一葉」 その薄汚れた絵葉書は、私の大叔父の作品をポストカードにしたモノ。 そこには、帝国美術院第一回美術展覧会出品 「高原の初夏」 高木保之助氏筆 とある。 そこで第一回帝展の図... ...続きを見る

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2015/08/20 15:17
高木保之助の表現したかったモノは?
高木保之助の表現したかったモノは? 直筆の文章・日記・日々の思いを書き写した画帖などが皆無である今!少しだけ大叔父の気持ちに近づく事が出来るのは、出版された資料集を集め、それらを読み解くしかないと思い、ネット検索して見つかれば購入すると云う日々である。 時間は掛るが、一つでもヒットした時は実に嬉しくなるのである。 そんな中、この芸術資料の第四期 第四冊 「鰹・河豚・鯔・鰯」にヒット! すかさず購入する。 届いた古本「芸術資料」を紐解くと、高木保之助筆 「あげ潮」が掲載されていた。 ...続きを見る

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2015/07/16 19:00
日本画家 高木保之助の作品数はどのくらいなのだろう?
日本画家 高木保之助の作品数はどのくらいなのだろう? 日本画家 高木保之助の生涯の作品数は、いったいどのくらいだったのだろう? 素朴な疑問を感じ、調べ始めても確たる資料も無し、ネット検索しても、ごく限られた作品しかヒットしない! 思い付くまま始めたのは帝展の図録の収集であった。 帝展で特選を二度も受賞しているので帝展の図録を買い集めれば主だった作品に巡り合えると考えたのである。しかし、空振りの連続。 属した「新興大和絵会」の資料から少しだけ、と言う具合にチマチマとした調査である。 そんな日々の中ヒットしたのが、昭和の初期(昭和15年頃)... ...続きを見る

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2015/06/14 18:27

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