震災直後の神田明神!

画像 父のアルバムの中に、名刺サイズより小さなこの写真がありました。関東大震災で被災した我家の庭・味噌工場等 随所を写した写真の中に在り、何処を写した写真なのか疑問に思っていました。
スキャンして、仔細に見ると防火用水?と思われる大きな左右の器に(三つ巴紋)があります。
この事を、我がブログに度々コメントを戴く、梨木庵さんにお尋ねしたところ、調べてくださいました!「神田明神ではないかと?」   そうなんです!私も昨日、神田明神様へ行き確認してきました。この防火用水と思われる大きな器は、弘化四年に製作された「天水桶」です。この後に本殿があり、当時も明神様として賑わいを見せていたと思われます。残念なことに大正12年9月1日の関東大震災で被災し跡形も無く焼け落ちてしまった本殿の前に鋳物であるが故に残った「天水桶」です。
魔法か何かで、一瞬の内に本殿が消え去ってしまった情景を我がタイムマシンで見て来た様な気がします。
神田明神様は、旧我家の地「湯島三組町」から数百メートルの距離でした。

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この記事へのコメント

本郷のおばさん
2009年09月05日 15:01
この間お聞きした「天水桶」を見たくなって帰りに行ってきました。どんな時代に どんな人が作ったのかと色々思いを馳せて楽しかったです。近くに妻恋神社もありました。
素浪人
2009年09月05日 18:53
雨水桶じゃなく「天水桶」この言葉の響きだけでも良いですよねーぇ!
私なんざー!「天水桶」さんを二つともグルリ廻って写真を撮ってきました。弘化4年製とあり、ヒョットしたら、旧我家の鋳物のフェンスも同じ作者かななんて思ったりしました。江戸物は実に暖かさを感じます。
「本郷のおばさん」今後もコメントください!
待っていまーす!

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